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連載コラム『ティーブレイク』(9)

2022.11.28 技術研究、コラム

連載コラム『ティーブレイク』(9)

記録を読み解く

 

 古文書(こもんじょ)から江戸時代の大名や武士の生活を読み解くという講演を聴く機会がありました。古文書の対象は、ある大名家の武士の日記です。日記ですから今日何をやったか事務的な出来事が書いてあるだけです。読んでも何も面白くない内容だと思っていましたが、日記に書かれたその事実を積み上げていくとその時代の大名家(藩)の財政状態、武士の生活、考え方が見事に蘇ってきます。

 例えば、映画や小説でよく描かれる、江戸と国元を行き来する参勤交代、この参勤交代の実態が浮かび上がってきます。行列をどの程度の規模にするか、供する武士の数、準備する槍や馬の数など大名家の財政状況が如実に表れてきます。一番驚いたのは、行列の多くが派遣労働者で構成されていたということです。要するに人材派遣業者と契約し参勤交代に供する要員を調達していたということです。江戸時代の大名家の台所事情は苦しいものであったとともにその大名家に取り入ってくる商人の姿がはっきり記録されています。

 お殿様が大名屋敷でどのような生活をしていたのか、江戸屋敷や国元にどの程度の藩士を抱え、どのような生活をしていたのか、藩士の動きがよくわかります。例えば、坂本龍馬など幕末の志士が脱藩して活躍した話は皆さんご存じかと思いますが、脱藩は幕末だけでなくごく普通に発生し、多くなると藩士が人手不足となることもあったようです。脱藩、刃傷、仇討ち、窃盗など記録で見ていくと、借金、喧嘩、男女間のもつれなどがものの見事に現代に蘇ってきます。古文書を疎かにすることなかれ、ベールに包まれた大名家の舞台裏が日記からものの見事に蘇ってきます。

 日記は、一つの記録です。その記録から事実にもとづいた歴史を紐解くことができるということです。記録は単なる事務的なものではなく、歴史を左右するような重要な意味を持つということです。

 我々、測定分析業界に属する要員が日常取扱う記録にもいろいろなものがあります。証明書や報告書以外にも、営業日報、出張届・報告、会議費伺い、業務日報、研修報告、調査野帳、分析記録、外部委託先と取り交わす発注書・納品書などや稟議書、苦情・是正報告書、始末書などの表に出したくないような記録もあります。こうした記録が、後の世に何かの拍子で表に出るようなことになると令和の時代の測定分析業界が丸裸にされてしまうかもしれません。

 だからといって、華やかに彩り脚色した記録を作成するのではなく、淡々と事実を記録していくことが大切ではないでしょうか。不正や虚飾は、どこかで破綻します。

 さて、我々の日常の行動は後の世の人にどのように評価されるのでしょうか。
 記録を疎かにすることなかれ。

  2022年11月28日  TTC参与  菊谷 彰